3時間目と4時間目の間の休み時間。 志村新八は、移動教室やら手洗いやらでざわめく生徒たちの間をすり抜け、廊下を足早に歩いていた。 並ぶ教室の前を通り過ぎ、階段を下り、やって来たのは人気が途切れる1階の廊下。 目指すはこの先にある、銀魂高校購買部。 「…何してんですか。先生」 購買部のカウンター前に立った新八は、眉根を寄せてそう尋ねた。 無理はない。 いつもならカウンターの向こうで、テキパキと商品整理をする購買のおばちゃんの姿は無く。 代わりに、だらしなくパイプ椅子に腰掛け、一心不乱にジャンプを読む我が担任の姿があったからである。 「なんだ、新八ィ。早弁用の食料は時間を有効活用するため登校途中で購入しとくのが鉄則だろーが。おめーみてェな早弁をナメてるヤローに売るメシはねーぞ」 「しませんよ。早弁なんて。ていうか、早弁する方が学校をナメてるでしょ」 当たり前のように堂々とそこに座る担任越しに、新八は店内をもう一度見渡してみる。 やっぱりおばちゃんの姿は無い。 おばちゃんは、いつだってココにいて、やってくる生徒を待っているものだと思っていた新八にとって、それは何だか不思議な光景だった。 「先生、ココで何してるんですか」 「店番」 新八の問いにあっさりとそう答えた担任は、手に持ったチョコドーナツにかぶりつき、もごもごと口を動かす。 安くて旨い売店の人気商品、チョコドーナツ。 「どこの世界に商品に手ェ出す店番がいるんですか」 「や、だからいるじゃん。ココに」 「いや、おかしいですよね。堂々と認めるトコじゃないですよね、ソコ」 ひとしきりボケとツッコミの応酬をした後、新八は気持ちを切り替えるため軽く息を吐く。 この担任にこれ以上のツッコミを続ける事が、かえってエンドレスなボケを招くだけだと、懸命な新八は理解している。 「おばちゃんドコ行ったんですか?」 「あー?おばちゃんなら、娘が予定より早く産気付いたとかで年甲斐も無く携帯気にしてソワソワしてやがっからよォ。ババアのんな姿見せられても気持ち悪ィだけだからとっとと帰れっつって追い払ったんだよ」 ウダウダと事の成り行きを説明しながら、彼は実にかったるそうに白髪頭を掻いた。そしてチョコドーナツをまた一かじり。 そういえば、おばちゃんには女手一つで育ててきた娘さんがいるらしいとは聞いたことがあるな。新八は思う。 おばちゃん自身は生徒に自分の事をいちいち語ったりはしないが、どこからともなく流れてきた噂だ。 どうやら目の前の白衣の教師は、生徒達よりずっと、おばちゃんの事をよく知っているらしい。 けれど、新八にもわかる事。 それは、あの、どことなく気だるげで、昔はワルかった♀エを醸し出しているおばちゃんが、本当は仕事熱心で、昼休みを目前に購買を放り出して早退など出来る人ではないという事。 そんなおばちゃんを十分に理解したうえでの『とっとと帰れ』発言。我が担任らしい言動に、新八は笑いそうになる口元を抑えた。 「つーかお前、何しに来たんだよ」 「あ、忘れてた。シャーペンの芯買いに来たんです」 いつも決まった品揃えの中、求めるものを選び出し、新八は財布を開く。 「えーと、いくらですか。コレ」 「さぁ」 「え?いや、『さぁ』って何ですか、『さぁ』って」 「知らねーよ。俺ここでシャーペンの芯とか、んな地味な買い物したことねーし」 「だから、どこの世界の店番?!値段知らないわ、客の買い物地味とか言うわ、最悪過ぎるでしょーが!」 「ああ、チョコドーナツならわかるわ。60円」 「いや、安いけども!でもソレでどーやってノート埋めろって言うんですか!」 「ノートは埋められなくても甘い気持ちで心を埋め尽くすことはできるだろ。だからいいだろ、もうチョコドーナツで」 「うまくねーんだよ!むしろ腹立つ!」 まるで頼りにならない店番のせいで、休み時間は終わりに近付いている。 ああもう、と新八はカウンター横のドアを開いて店内へと乗り込んだ。 「どっかに商品の値段書いたものとか無いんですか」 業者の伝票やら、在庫管理のノートやらが並ぶカウンターの下を覗き込む。 細けーこたァいいから黙って1,000円置いていけ、と、シャーペンの芯にとんでもない値段を吹っ掛ける店員は、椅子から立ち上がろうともしない。 これではどちらが店番か、まるでわからない。 程なく探し当てた商品一覧に、新八はホッと一息をついた。 差し出した100円玉をグダグダな店番は、「ハイ毎度〜」となんの悪びれも無く受け取る。 その時、予鈴が鳴った。 慌てて廊下へ飛び出し教室へと駆け出そうとした新八だったが、ふとよぎった思いに立ち止まる。 振り返ったカウンターの中には、再びジャンプをめくり、2個目のチョコドーナツに手を伸ばそうとしている担任の姿。 あんなんで、来たる昼休みのカオスを問題無く対処することができるのだろうか。 どこの学校でもそうかもしれないが、個性溢れる生徒達の巣窟であるこの高校では特に混乱を極める、昼休みの購買部。 狭い廊下に昼食を求める生徒達がひしめき、好みのものを取られまいと押し合い、ぎゃあぎゃあわぁわぁ、大騒ぎなのが常だ。 けれどそんな状態であってもスムーズに客が流れ、すべての生徒が日々ゆっくりと昼食にありつけているのは、おばちゃんの手腕があってこそに他ならない。 すべての商品の種類や値段を的確に把握している管理力と、押し合いの中で争いが起きれば「騒いでんじゃないよ。幼稚園児かい?アンタら」と一喝する気概があってこそなのだ。 その混乱をあのダメ教師がさばくとなれば…いや、彼の事だからどーにかこーにかさばき切ってしまうとは思うのだが、どれだけ強引な手を使い出すかわからない。 被害が出るのは、生徒達の方になると見た。 「…先生、昼休みも一人で店番するんですか?」 「あー。まだジャンプ読み終わんねーからココにいんじゃね?」 適当な答えに、新八は溜息をついた。 まったく。 やっぱりコイツに任せて帰らなきゃ良かった、と、おばちゃんが後悔するハメになるのは避けたいところだよね。 おめでたい時なんだから、さ。 新八は小走りで教室へと向かった。 慣れた顔ぶれが待つ、3年Z組の教室へ。 このダメ担任のためになど誰も動きはしないだろうが、購買のおばちゃんには、きっとみんな世話になっているはずだから。 だってここは、いつだって、なんとなく。買い物だけでは済まない購買部。 授業サボリてー。彼氏とケンカしちゃった。部活やめちまおっかな。 買い物ついでに、些細な言葉が生徒達の口をついてしまうのは、おばちゃんがいるこの購買部だから。 バカ言ってんじゃないよ、と。 がんばりな、と。 いつだって、かったるそうに。けれど、まっすぐに言葉を返してくれる、おばちゃんがいるから。 そうして昼休み。 「いらっしゃいませヨー。閉店セールで出血大サービスネ。鼻血も高木もブーアル」 「いや、だから嘘で釣るのやめようって!閉店なんてしないからね?!」 「おにぎりドンペリセットいかがですか?サービスで卵焼きおつけしてますよ?」 「ここ学校ですからァァ!設定を無視しないで下さい!ていうか、おにぎりにドンペリって、どこのぼったくりバー?!」 「オイ、待てコラ、そこの客。焼きソバパン買ったくせに何故マヨネーズを買わねェ」 「あの、もう、ちょっと、その辺で。僕だけ接客じゃなくてツッコミに来たみたいになってるんですけど…」 混み合う生徒達のざわめきなど超える勢いの一日店員たちが、カウンター前で接客と呼び込みに励む購買部。 店奥のパイプ椅子で本日3個目のチョコドーナツをかじりながらジャンプを読みふける店長のポケットで、携帯が震えた。 開いた画面を一瞥して、通話ボタンを押す。 「あー?…へぇ〜そう。生まれたの。あ?女の子?そりゃ難儀なこって。気ィ強ぇとこが遺伝しなきゃいいがねェ。…は?店?心配いらねーよ。こんなもん俺に任しときゃいつもより売り上げ倍増だっつの。今から来られてもバババカぶりがウザそうだからいーって」 電話の相手に応えながら、彼はカウンターの向こうを見た。 売り上げ倍増…というよりは、ただ単にいつもより混乱を増しているだけに見える購買前。 けれど、そこには活気がある。 この高校らしい、バカバカしくて乱暴で意味など無くて、けれど人間臭くて居心地の悪くない活気が。 「ちょっとォォ!銀八先生!電話なんかしてないで、手伝ってくださいよォォ!」 「そうアル!もっと呼び込みして売り上げガッポリにして、おばちゃんビックリさせるネ!」 「ワラ人形も取り扱い中ですぜー。今だけ髪の毛も仕込み済み」 「俺の髪の毛仕込んでんじゃねーよ!…山崎ィィ!てめー何買おうとしてやがんだ!殺すぞコラァァ!」 騒がしい声は、受話器の向こうにも聞こえただろうか。 黙ってしまった相手に、銀八は口元を緩めた。 「おばちゃんよォ」 本来のここの主に、呼び掛ける。 「愛されてんねェ、アンタ」 受話器の向こうの声は、いつも通りぶっきらぼうに一言。 バカ言ってんじゃないよ。そりゃアンタだろ。 それだけ告げて、電話を切った。 いつもより騒がしい昼休み。 生徒達の空腹と心を満たす憩いの場。銀魂高校購買部は、今日も盛況だ。 |