桃の兜
地球人というのは、まったくもってお祭り好きな種族なのだといつも思う。 1年中、お正月だのクリスマスだのバレンタインだの。とかく理由を付けては、めでたがる。 その度に街中は華やかな装飾がされて、キラキラふわふわ、いつもと違う色。 どこの家でもいちいちお祭りの度、あんな風にキラキラでふわふわに飾り立てるのだろうか、と不思議に思ってみたり。 まぁ、うちはビンボだから、関係無いけどネ。 「銀ちゃん、ひなまつり≠チて何アルか」 珍しく3人揃って買い物にやって来た大江戸スーパーで。 前を行く背中に、入口近くにぶら下がっていた看板を指差して尋ねた。 「あー?」 「またお祭りアルか。地球人は頭の中までお祭りアルか」 「3月3日はひなまつり≠チて言ってね、神楽ちゃん。女の子の健やかな成長を祈るための伝統行事なんだよ。いわば女の子の日≠セよ」 ダルそうな銀ちゃんの代わりに新八が教えてくれた。 「女の子の日?女子がやたらと席を立つ時に謎のポーチを小脇に抱えたりする、アノ日の事アルか?」 「いや、違うから。やめてくれない。思春期の男子的にノリにくいからやめてくれない?…ちょっと、銀さんも黙ってないで正しく教えてあげて下さいよ」 「アレだよ。ひなまつり≠チつーのは、甘酒の甘い味に騙されてつい飲み過ぎちまった女をオトす絶好のチャンスデーだよ。うまいことやりゃあ、夜もひなまつり≠セからね。お願い、ぼんぼりの灯り消して…ってなことになるからね」 「いや、最低なんですけど、アンタ!日本の伝統行事の解釈、最低なんですけど!」 ひなまつり≠フ文字の下には、桃の花で飾られた大きなワゴンが並び、淡い薄紅色や若草色の見たことの無いお菓子がたくさん並んでいた。 そしてその隣には。 「これこれ。これがお雛様。これを家に飾ってお祝いするんだよ」 新八が指さしたのは、着飾ったたくさんのお人形が並ぶ大きな赤い…階段? 「何アルか、コレ。なんでみんな階段に座ってるネ」 「え〜と…なんていうか…一番上にいるのがお雛様とお内裏様で、一番エライ人なんだよ。あの2人の結婚式をみんなで祝っているとこなんだよ、コレ」 「なるほど、この階段は格差的社会の象徴アルな」 「…いや、そんな大層なもんじゃなくてね、神楽ちゃん」 「そーそー。エライ奴ァてっぺんにいねーと、下々の者を見張れねーだろ?旦那に飽きた時、下のイケメンアイドル5人衆の中からどいつを選ぼうかっつー見定めがしやすいんだよ、この方が」 「マジでか?!コイツら女王様専属KA●-TUNアルか?!」 「バカおめー。4人楽器で1人歌なんだからT●KIOに決まってんだろーが」 「あの…なんの話でしたっけ、コレ」 見上げてみると、てっぺんの2人はキラキラの屏風の前ですまし顔。 白い肌に紅をひいた女王様は頭に冠を乗せ、かぶき町を歩いているどの女も着ていないような金糸や銀糸の刺繍が施された着物を身に着けていた。 キレイ。 ふうん。地球の女の子は、こうしてチヤホヤ祝ってもらえるわけアルか。 「キレイでしょ、神楽ちゃん」 横で新八が見透かしたように声を掛けてきたから何となく腹が立って、返事はしなかった。 「ま、うちにゃあ女の子らしー女の子なんざいねーし?ひなまつりなんざ、関係ねーやなァ」 銀ちゃんは当たり前のようにそう言うと、さっさとオヒナサマの前を通り過ぎて行った。 その通り。関係ない。 別に女の子の日なんて、そんな祭りに興味はないアル。 「ただいまヨ〜」 外で遊んで帰ってくると、居間の方から「おかえり〜」といつもの新八の声。 廊下に上がり、襖を開ける。そして居間に入ろう…と、した時。 何かに、思い切り鼻先をぶつけた。 見上げれば、私の目の前に、銀ちゃんが立っていた。 「オラよ」 鼻をさする私の頭に、荒っぽい手つきで何かを被せる。 「?何アルか?コレ」 見えない頭の上に手で触れてみると、がさがさとした紙の感触と尖ったてっぺん。 銀ちゃんは返事もせずに、どっかりと長椅子に腰掛けた。 その向かいに座っていた新八が立ち上がり、 「ハイ、これも」 と、今度はタスキのようなモノを私の肩に斜め掛けにした。 掛けられたタスキを手で持って、眺めてみる。と、そこには。 『1日お雛様』 白い布に筆で書かれただけの、無愛想な文字。 壁のカレンダーを見た。 3月3日。 そうか。今日だ。 ひなまつり。 ハッとして、そのまま2人に背を向け、洗面所へと走った。 鏡に映った自分の頭には、新聞紙を折りたたんで作られた兜が乗っかっていた。 兜の端っこには、安っぽいオモチャみたいなビニール製の桃の花が、ちょこんと差さっている。 「むおお!強そうアル!」 叫びながら居間に戻ると銀ちゃんと新八が 「な?あの方が喜ぶだろ?」 「いや…そうみたいですけど…でも間違ってますよ。お雛様はああいう感じじゃないですよ」 「いんだよ。桃咲かしてやったろーが。なんか華やかな感じだろーが」 と私の頭の上を見ながら話している。 どうやらこの兜のことらしい。 そういえば、大江戸スーパーで見たオヒナサマは何を頭に付けていたっけ。 …よく思い出せない。 まぁ、いいや。なんでも。 エライ人には兜の方がカッケーしお似合いネ。 あともう一つ。お似合いなものと言えば。 「大変アル!」 「なんだよ、お雛様」 「オダイリサマがいないネ!」 だって並んでなくちゃ、オヒナサマじゃない。 並んで高いところにいなくちゃ。 「心配しねーでもお内裏様ならあちらにいらっしゃる」 そう言って銀ちゃんは、メンド臭そうに隣の和室を顎で示した。 そこには。 「ワン」 「定春!」 ピンと立った耳と耳の間に、細長く畳まれた新聞紙をくくり付けられた定春が、首に『1日お内裏様』と書かれたタスキをぶら下げて座っていた。 「…あっちも違うと思いますけどね」 「違わねーって。細長いもん頭にびよーんとさしときゃ、お内裏様なんだよ」 後ろでまた銀ちゃんと新八の声。 お構い無しに近寄って、ふかふかの首を抱きしめると、和室に差し込むおひさまを受けた日なたの匂い。 「良かったアル。白髪で天パなオダイリサマか、メガネで地味なオダイリサマだったらどうしようかと思ったヨ」 「こっちだって出るとこ出てねーお雛様なんざなんの楽しみもねーよ」 天パの言う事は無視して、私は居間のデスクの上に飛び乗った。 万事屋の、乗っかれそうな所で一番高い場所。 「…何してんの」 「オヒナサマは高い所にいて愚民共を見下ろさなきゃならないアル。定春も来るネ」 「いや、壊れっから。俺の机」 「ワン」 「いーっつーの!おめーまでその気になんなくて!」 デスクに前足を掛けた定春に銀ちゃんが怒鳴る。新八が笑う。 「さ〜、じゃあ、お雛さんはそこで上品におちょぼ口して座っとけや。雛あられ、雛あられ〜っと」 「じゃあ銀さん、コレ神楽ちゃんの分2人で分けましょうか」 「ちょっ!ズルイよ!2人とも!私がオヒナサマよ!跪いて年貢を謙譲するアル!」 「いや、神楽ちゃん。お雛様は女王様でも悪代官でもないからね」 呆れ顔の新八から雛あられ≠ニやらを取り上げた。 初めて食べる春の色をしたそれは、甘くて、カスカスとした歯ごたえで、食べても食べても物足りなかった。 「オイお雛様ァ」 あられを片手にジャンプを読む銀ちゃんが、私を呼んだ。 「何アルか」 「知ってる?再来月。5月5日にゃ端午の節句≠チつう男の子の日がやって来るから。そん時ゃひとつよろしく」 「よろしくね、お雛様」 ニッと笑った新八と、相変わらずやる気の無い顔で「世の中ギブ&テイクだからね」と桃色のあられを口に投げ込む銀ちゃん。 「何言ってるネ。タマナシコンビが。大事なモン、ドライバーに変えられちゃうオッサンと永久童貞野郎がオヒナサマに男の子の祝いしてもらえると思うなヨ」 「誰がタマナシだコラァ!こいつと一緒にすんじゃねーよ!てめっ、誰のボックスドライバーのお陰でマトモな体に戻れたと思ってんだァ!」 「一緒にすんな、って何スかァァ!僕はたしかに童貞だけど永久じゃねーぞコラァァ!」 一気に騒がしくなった万事屋の片隅で、呆れたようにオダイリサマが欠伸をする。 これのどこが女の子の成長を願う催しなのかわからないけれど。 たしかにお祭りっポイアルな。 にぎやかで、バカバカしくて、ほんの少しだけいつもと違って。 楽しくて、何故だか笑える、ひなまつり。 新聞紙の兜が落ちてくしゃくしゃにならないように、もう一度、かぶり直す。 頼りないけれど、きっと、何よりもオヒナサマを守ってくれる桃の兜。 お祭り好きも、バカにできたモンじゃないアル。 |