土曜日に集合(後)






結局、終わらなかった。
当然、終わらなかった。
というか、始まりもしなかった。

自由研究のことである。

大体このメンバーで、さらに銀八先生まで加わってしまった状態で、まともに勉強が進むわけがないのだ。
いやいや、つーか君ら、なんで人んちで教室並みの大騒ぎ?と先生がツッコむんだけれど。
でも、先生だって結果的にはいつもの教室と同じく騒ぐネタを与えているし。




「だから、何を研究するかすらまだ決まってないってどういうこと?!コレ!」

シビレを切らした新八君が叫んだ。
その時点でもう午後1時。
私たち、ここに10時に来たのにね。

「だからまとめ役として、まずリーダーを決めようって話合いを今してたんじゃねぇか」

そういう土方君は沖田君の胸倉をつかんでいる。
沖田君は沖田君で、片手にワラ人形、片手に釘を持っている。

「いや、それ話し合いしてた体勢じゃないですよね。完全に」
「ほら〜、新八ィ。だからリーダーを決めるリーダーを先に決めようって言ったアル」
「もうそれいいから。そのネバーエンディングなネタ、もういいからね」

「なんでもいいからビシッと決めてサクッと帰ってくれや」
ソファに寝そべり、ジャンプを読みながら先生が溜息をついた。

「銀八先生、なんかアドバイスくらい下さいよ。先生なんですから」
新八君がそんな担任に助けを求める。

「たとえ下手でもかっこ悪くてもなァ、人に頼らず、自分の血と汗で得たもののほうが喜びは大きいものなんだよ、新八君。五郎さんの泥のついた1万円札は、何にも変え難い心の宝なわけだよ。わかるか?」
「いや、わかりません。良いこと言ってるようですけど全然わかりません」
「先生!私は野●五郎より、西城●樹のほうが好きアル!」
「バカ、おめー。新御三家のトップは郷●ろみに決まってんだろーが。ジャパンはエキゾチックなんだよ。億千万なんだよ」

「…先生、それ以上ズレると話、修復不可能になるからやめてくれませんか」
新八君の表情も、さすがにくたびれてきている。

「現代社会の研究テーマなんて、いくらでもあんだろーがよ」
うるさそうに先生が起き上がった。

「たとえば?」
「流行スゥイーツの傾向と対策とか」
「いや、それ先生の知りたいことでしょ。全然社会問題じゃないですから」
「アレだよ、クリ●ピークリームドーナツに群がる若者たちは、ゆとり教育と競争社会のサークルから抜け出せずにいる現代教育の象徴なわけだよ」
「なんかうまいこと言ってるようですけど、全然わかりません」

「私そんなチャラついた食べ物やーヨ。酢昆布の研究にしてヨ」
「何言ってやがんだ。マヨネーズのがミステリアスに決まってんじゃねーか」

ここで話題は食べ物談義に切り替わった。
この状態は、既に修復不可能に近い。

「も、いっそ全部調べに外行ったら?やっぱ事件の糸口はてめーの足で見つけるもんじゃね?靴底がすり減るくらい歩いてネタつかんで来やがれ。事件は現場で起きてんだぞ、コノヤロー」
びしっと私たちを指差す銀八先生。
「どこの新人記者か刑事なんですか、僕たち」
新八君の溜息を無視して、先生は「べんじょー」とリビングを出て言った。

みんなはまだ、あーだこーだワイワイ。
私は立ち上がって、先生の後を追い、リビングを出た。




リビングの戸をそっと閉めて廊下に出ると、先生は洗面所のドアの前にしゃがんでタバコをふかしていた。

「やっぱり来た」
私を見るなりニヤッと笑う。

「やっぱりって?」
「そろそろ2人っきりになりてーんじゃねェかなーと思って」

茶化すように言う先生に、違うとも言い切れず。私は黙ったまま先生の横に並んでしゃがんでみた。

「…先生、今日予定とかなかった?」
「あ?予定なんかねーよ。1日寝てるつもりだったし」
「ほんと?迷惑じゃなかった?」
「ま、あいつらうるせーけど、お前連れてきたし。たまにこーゆー土曜日も悪くねんじゃね?」

ふーっとタバコの煙を吐いて、その煙を目で追いながら。

よかった、怒ってなくて。
だって私は、先生と土曜日過ごせて、すごく楽しいから。多分、みんなも。
勉強には、なってないけどね。

「ま、どーせなら次回は1人で来てほしーもんだけど」
「来てもいいの?」

間髪入れずに尋ねた私の言葉が意外だったらしく、少し驚いたように黙る先生。
でも、すぐに小さく笑う。

「バーカ。いいに決まってんだろーが」
「…そうなんだ」

だって、今までは。
土曜日や日曜日は、会えないことが当たり前だったから。
私にはまだ、現実味が無さすぎる。
何もかも、どんな小さなことでも、いいの?って聞きたくなる。
会うことも、電話をすることも、メールをすることも。何もかも。

「ただ。そもそも俺から言い出しといてなんなんだけどよ」
ふと銀八先生が、頭を掻きながらそう言った。

「なに?」
「俺ァ、コソコソはしねぇけど、だからってお前の高校生活は邪魔したくねーわけよ」

言葉の意味がわからず、首を傾げた私の方を見て
「だから、なんつーの?俺のことよりもよ、まずはこーやってダチとつるんだり、べんきょーしたり、そういう事を大事にしてほしいわけ。あ、今なんか俺いいこと言ってね?ものっそい先生ぽくね?」
一人満足げにうなずく銀八先生。

「…あんまり2人で会ったりしないほうがいい、ってこと?」
「いや、会うけどね」

恐る恐る聞いてみると、やけにキッパリとした答えが返ってきたから、そっちの方が驚いた。

「だから、ほどほどにだよ。ほどほど。物足りなくなったりすっかもしんねーけど、そこは我慢つーことで。お前も一応受験生なわけだし。やっぱ、親には心配かけちゃいけねェしよ」

黙ってしまった私の頭を、な?と先生が優しく叩いた。

先生が、そこまで考えててくれていたなんて。
先生と一緒にいられることがうれしくて仕方なくて。
それでも心の中から消えなかった漠然とした不安。
本当にいいのかな。本当に彼女だと思っていいのかな。
そんな不安で、結局は週末も、会いたいけれど声には出せなかった。
それは、どこかで待っていたんだと思う。銀八先生が何か言ってくれるのを。
そして何も無かったことで、不安は少しだけ膨らんでいたんだと思う。

だから今、先生から聞けた言葉がとてもうれしかった。

「ほどほどでも、十分すぎるくらい」
私が笑うと、先生も安心したように、
「ま、その分のたまったツケは卒業後のお楽しみっつーことで」
いつもみたいなイタズラ顔に戻ってそう答えた。






「あんたら戻ってこないと思ったらなーにいちゃついてんですか」

気が付くと、いつの間にか廊下に出てきていた新八君が私たちを見下ろしていた。
その後ろで他のみんなもこっちをのぞいている。

「んだよ、ダメガネ君。うらやましいか?うらやましいのか?コノヤロー」
「うるせェェ!唯一マトモだったちゃんまであんたに毒されちゃって!何しに来たんだかわかんねーよ!ほんとに!」
「遊びにきたんじゃないアルか?」
「ちがうだろォォ!」

新八君の叫びに、ごめんごめんと謝りながらも、私は笑ってしまった。
でも課題なんて、なんだかどうでもよくなってしまっていて。
先生がいて、みんながいて、この感じが心地良いから。

また騒ぎ出したみんなの姿に笑いながら、見えないようこっそり後ろでつないでくれた銀八先生の手を、握り返した。



結局課題終わらなかったし、明日もここに集合!って言ったら、先生怒るかな?