夜の街が、人の心を惹き付けそして惑わす鮮やかな灯りに彩られる頃。 いつもの派手なサイレンを響かせることすらなく、パトカーはただ静かに通りを走り抜けていた。 それは、華やかさに潜みながらもうじき動き出すだろう、影を捕えるために。 |
「ジングルベールジングルベール すーずーが鳴るー」 「…はい?」 明るく浮かれ立つ本通りから薄暗い裏道へとハンドルを切りながら、助手席の上司にチラリと目をやった。 彼は相変わらずの渋い表情にくわえ煙草で腕を組み、流れる街並を眺めている。 「…ずいぶんご機嫌じゃねーの、近藤さん」 「さっき屯所で誰かが口ずさんでやがってよ。耳について離れねェのよ」 「どいつだよ。浮き足立ってやがんのは…」 「まーいーじゃねェの。今日くらい」 車の窓から見える景色には、徐々に怪しげな臭いがくすぶり出す。 廃墟のようなビル。朽ちかけた看板。ネオンの影に潜む裏の街。 そんな通りの一角でパトカーを降りた。続いてやって来た数台からも続々と黒服の隊士が降り立ち、より物騒な空気は増してゆく。 真横に停まった車から降りてきた原田が、腰に刀を差した。彼はまるでその空気を楽しんでいるかのような表情で、目標を見据える。 「ジングルベールジングルベール…」 「…お前もかよ、原田」 「隣で永倉がフンフン鼻歌うたいやがるから耳から離れなくなっちまいましたよ。どーしてくれんのよ、永倉」 「いえ、だって、沖田隊長が昨日からずっと歌ってるから釣られちゃって…」 件の人物は愛用の得物である番傘に慣れた手つきで弾を込めている。普段はただの傘にしか見えないそれから微かな火薬の香りを感じると、まるで条件反射のように思うのだ。さぁ始まる、と。 「ジングルベールジングルベール」 「お前が発祥かよ」 「最近街中どこ行っても流れてやがるから耳についちまって。いっそ思い切り歌やァ、すっきりするかと思いやして」 「すっきりどころか被害拡大してんじゃねーか」 ポケットから取り出した煙草に火を付けた。馴染んだ煙を吸い込めば集中力が増す気がする。以前永倉に禁煙しない理由を尋ねられそう答えると「…気のせいですよ」と、とても真面目に言い返された。もちろんわかってはいるが、やめる気は毛頭無い。 もう何の店かすらわからないほどに掠れた看板を掲げる建物の前に、隊服の一団は並んだ。木で打ち付けられた窓からは僅かな光すら漏れてこない。中にいる者の息遣いすら覆い隠すかのように。 「寒ィねェ、オイ」 白い息を吐き出しながら近藤局長が眉を寄せる。隊服の襟を立て肩を竦めて。目線は閉ざされた扉から動かない。 「師走だからねェ」 片手を挙げて指示を出すと、数人の隊士がその場を離れ素早く裏へと回った。手筈通りに。 「近藤さーん、アタシなんか旨いモン食いてェ」 「ああ?旨いモンって何よ。やっぱ七面鳥か?」 「アタシ、チーズフォンデュって食ってみてーなー」 「え?何ソレ?チーズ…何?」 「知らないんですかィ。遅れてんなァ、近藤さん」 「…トシ知ってる?」 「アレだろ。なんかチーズデロデロ付けてパンとか食うやつだろ」 もう一度指示を出すと別の数人が今度は左右に分かれた。通りかかった町人が不穏な空気を感じ取り、慌ててその場を逃げ出す。 「つーかアレじゃねーの?こういう日はやっぱケーキなんじゃねーのかい?」 「あんたケーキとか食わねーだろ、近藤さん」 「まぁ俺ァたいして食わねェけどよう」 「アタシ、チョコのやつ」 「バカ言うな。ケーキはショートケーキに決まってんだろ」 「…なんかオトメみてーなこと言ってらァ、気持ちワリィ。何、もしかして『副長かわいー』とか言われてーんですか?うわ、吐きそう」 「うるせェ。なんと言われようとそこは譲らねェ」 腰の刀を鞘から抜いた。日頃は街灯りに呑まれて忘れられがちな月が刀身に一瞬反射する。それはとても、冷たい光だった。 前へと進む視界に、はらりと一つ白い影。今夜は雪か。どうりで冷えるはずだ。 待ち切れないように傘を揺らす沖田が、ゆっくりと隣に並びこちらを見上げた。 「土方さん、勝負しやせんか」 「はぁ?勝負?」 「アタシが先にゴール決めたらチョコケーキ、土方さんが先だったらショートケーキ」 「…おもしれェ」 時は満ちた。各隊準備は整った。目指すゴールは大将の首。吹き上げた煙に霞んだ視界が元に戻ると同時に、目の前の扉を右足で思い切り蹴り開ける。さぁ、開幕だ。始まりを告げる声は、隣の斬り込み隊長と重なった。 「メリィィィクリスマース!」 閃く鉛色の切っ先。轟く銃声。怒声、悲鳴、そして、微かに耳に残る。 「…どーしてくれんだ。俺まで耳に付いて離れなくなっちまったじゃねーか」 今宵も一人残らず逃がさない。 誰もが震え上がる、『真選組』の名の下に。 |