派手なサイレン。連なるレッドランプ。
スピーカー越しの割れた音声が、「どいたどいた」とお決まりのフレーズを昼下がりのかぶき町に響き渡らせる。
だが、そんな自己主張など無くとも行く手を阻もうとする者がいるはずもない。
この泣く子も黙る、『真選組』の文字を見て。





真黒





「無駄な抵抗はやめて大人しく出て来−い」
「故郷のお母さんは泣いてんぞー」

拡声器から繰り出される若干気の抜けた説得の言葉たち。
真選組は目下、かぶき町の一角にある銀行にて店員を人質に立て籠もる自称「国の明日を憂う攘夷志士」との交渉中である。
敵は目視で確認できた限りでは4、5人程度。いずれも銃を所持し、時折窓から顔を出しては「攘夷には金がいる」だの「逃走用の車を用意しろ」だのとわめいている。正直なところ、素直に「銀行強盗だ。金を出せ」と言ってくれた方がまだ可愛げもあるというものだが。

「どうしましょうね…原田さん」

人質がいるとなれば迂闊に手出しはできない。隣の原田隊長に声を掛けてみると、彼はこちらに返事する代わりに左手の拡声器を再び口元に当てた。

「オラ、おめーら〜。俺らが優しーく呼んでるうちにとっとと出てこねェと、もっと怖い人たち来ちゃうよー?」

原田隊長の言う『もっと怖い人』とは一体誰か。そんなことは、問わずともすぐに理解できる。頭に思い浮かぶのは、この場にまだいない面々。
既に無線で連絡は取ってある。もうじきここに着く頃。そして彼らが着けば、この膠着した事態も動き出す。きっと。
そう思い後方を振り返れば、いつの間にやら銀行前には人だかりが出来ていた。いくら犯罪を見慣れたこの町の住人であっても、白昼堂々こうも派手に立て籠もられては注目せずにいられないのだろう。いや、慣れているからこそなのか。野次馬気分は理解できないでもないが、ちょっと距離が近すぎやしないか。もうちょっと身の危険と緊張感を感じてほしい。

「皆さん、犯人は銃を所持しています!危ないので下がってください!」

声を張り上げて町の者たちを下がらせようとするが、誰一人その場から動こうとしない。「怖いわねぇ」「さっさと捕まえちまやァいいのによォ」「実は人質の一人が知り合いの同級生で…」などと途切れず続くざわめきの中、自分の声が届く隙は無い。
突入するにも一旦犯人を泳がせるにも、一般市民が周囲にいてはこちらの動きがとりにくい。流れ弾の一つや二つ、飛ばないとは限らないのだ。
もう一声上げようと口元に手を当て大きく息を吸い込んだ、その時。
真選組の提灯を掲げたパトカーが、けたたましいサイレンを鳴らしながら人波を割るように荒く走り込み、停車した。住民たちの視線が集まる。
まず運転席のドアが開き、隙間から鈍く光る銀色が覗いた。くわえ煙草で地面に降り立ち、ぐるり周囲を見回す。いつだって必ず上司よりも先に車を降り、こうして辺りを見渡すのは、彼の身に染み付いた既に癖と言ってもいい。

「オイ、知ってるか?アレが真選組の鬼の副長、土方歳三だってよ」
「へぇ、アレが?鬼っつーからどんだけゴツイ侍かと思やァ…普通のにーちゃんじゃねぇか」

背後の人だかりから聞こえよがしとも思えるトーンでそんな台詞が聞こえてくる。まぁ無理もない。自分も初めて彼に会った時は同じ印象を持ったものだ。あくまで第一印象に限る話で、それが覆されるのは早かったが。
周囲の注目に気付いてか気付かずしてか。鬼の副長がこちらを振り返った。正確には自分ではなく、背後の野次馬たちを。
ゆっくりと歩み寄ってきた彼は、物言いたげに深く紫煙を吐き出す。そして軽く首を傾け、人だかりを見下ろすようにねめつけた。

「オイ、てめェら」

くわえていた煙草を手に持ち、煙の出る筒先を野次馬へと向ける。いつその準備万端な人差し指が煙草を弾き飛ばすかと、見ているこっちが何だかハラハラしてしまう。

「ガタガタ目障りだ。公務執行妨害でしょっぴかれたくなきゃ散れ」

仕事中の容赦しませんモードが入ったその目付きを、事もあろうか一般市民に向けるお巡りさんて。
水を打ったように、とはこの事か。ざわめいていた人波が一気に静まる。

「あの、副長。みんな怖がってますから。ね?」

小声でたしなめると、彼は舌打ちを一つ。

「永倉ァ。捕り物の邪魔する奴ァ片っ端からワッパかけちまえ。俺が許す」

こういう事を言い出す時の彼は本気だからタチが悪い。誰かさっき、彼を『普通のにーちゃん』と言っただろうか。その考えはきっと改まったに違いない。


「オイ、トシ」

その彼の後ろからやって来た別の声。
サングラスに無精髭。鬼の副長などより、一見余程鬼…というよりは悪そうなナリの、真選組のボス。

「…あの人も真選組?」
「まさかぁ…」

副長の迫力に一度は静まり場を離れようとしていた者たちも、その何となく浮いた雰囲気の男に注目している。

「局長」

つい呼び掛けると、それに呼応するように再びざわめきが湧き出した。局長?局長って言った?今。
副長の目が鬱陶しげに光る。あああ、もういいから早く逃げて。強盗よりもまずは副長から逃げて、皆。
と、彼の肩をポンと叩いて局長が1歩前に進み出た。
サングラスの奥の目は、まるで威圧するかのように住民たちを凝視する。さすがに彼らも口をつぐみ、ビクリと肩を反応させる。一瞬の緊張。

「ハーイ、皆さんごめんねェ〜。危ねーからちょっとばかし下がっててね〜。弾当たると痛ェからね〜。怖いからね〜。オッさんのお願いー」

ヘラリと笑った局長の底抜けに明るい呼び掛けに、その場にいた全員が脱力するのがわかった。
当の局長は、「ハイハイ悪ィやね〜、もっと下がってね〜」と、両手を上げて呑気さ全開の声でバックオーライを促している。
なんとなく脱力ままに下がっていく住民たち。

「さ…さすがですね、局長」

「おうよ」と片手を上げる局長。何はともあれ、まずは一安心だ。こういうところも彼が局長たる所以なのかもしれない。
だがしかし。

「んな甘ェ顔すっと市民の権利だなんだって調子乗んだろ、アイツら。見せしめに2、3人ふんじばっちまった方手っ取り早くね?」
「まぁトシ、俺ら役人つーのは市民の人気、コレ重要よ?こいつァ『ギャップ効果の法則』と言ってな、俺らみてェな荒くれがちょっと笑顔ふりまきゃ、意外に親しみやすいお巡りさん、っつー事になって評判うなぎ上り。ひいては予算の付きも良くなるってもんよ」

…黒い。いつものことながら、この2人の会話は黒い。
こと仕事に関しては呼び名の通り鬼となる副長と、その副長をはじめ一癖ある隊士たちを束ねる二癖以上ある局長。江戸を護る正義の味方のトップ陣は、基本こんな感じ。

「で?どーするよ、トシ。人質の命は尊重せにゃ俺の爽やか笑顔も空しく評判ガタ落ちよ?」
「こっちも1人2人殉職しときゃ相殺されんじゃねーの。山崎、お前ちょっと試しに突っ込んでみろ」
「えええ?!俺ですか!?俺、殉職ポジション!?」
「心配すんな山崎。そう根性のある輩にゃ見えねェ。こっちから突っ込んでったら慌てて逃げ出してくれればいいのになー」
「局長まで!?しかも『いいのになー』って何!?そんな曖昧な願望の犠牲になるんですか!俺!」

「あの…一般市民の皆さんに聞こえますから。評判ガタ落ちところじゃないですよ、こんなん聞かれたら」

少し離れた場所から遠巻きに見守る住民的には手に汗握る緊迫感の中最良の作戦を練っているようにしか見えないだろう真顔で交わされる会話たちを、とりあえず止めてみる。ていうか止めようよ、誰か。

「ま、ザキが根性見せらんねーってんなら仕方ねェ。二番隊、三番隊、後ろと左右固めろ。一番隊は正面…って、オイどこ行った〜。一番隊隊長〜。永倉ァ、呼んで来い」
「ハイ」

新しい煙草に火を付けながら辺りを見回す副長。探し人は何故か一人離れた場所…野次馬たちの群れの前で何やら話をしている。ここから見ればか細い背は、住民たちの不安を和らげるべく優しく声を掛ける少女のそれにも見える。だが、小走りに近寄ってみれば。

「…アンタら知ってるかィ?あそこの白髪頭の副長…局長とデキてんだぜィ」
「えええ!?局長と副長が!?」
「おっと、声がでけェよ。あの野郎、強引に局長に手ェ出しやがってねェ。上司裏から操って真選組乗っ取ろうとしてるまさに『鬼の副長』だよ」

数人の市民を捕まえて「誰にも言うんじゃねーよ?」と口の前に人差し指を立てている一番隊隊長の袖を引いた。

「…沖田隊長…なんつー噂流してんですか」
「永倉、おめーも市民の皆さんに真実を話してさしあげたらどうでィ」
「いや、なんの真実ですか!み、皆さーん!嘘ですからね!?今の嘘!」

根も葉も無い嘘八百を打ち消すべく慌てて両手を振ると、沖田隊長はチッと口惜しげに舌打ちを一つ。

「ったく。野郎を副長から引きずり下ろすには外部の悪評で潰しちまうのが一番だと思ったのによう」
「怖いこと言わないで下さいよ!ホラ、もー、一番隊正面から突入だそうですよ!」
「はぁーい」




そう、真選組は一筋縄じゃいかない連中ばかりで。上からしてあんな感じで。黒い人たちばかりなんだけれど。
素直な返事と共に駆けて行く、一見まるで罪の無い少女にしか見えない横顔の主が。
なんだかんだで一番真っ黒だと思うのだ。僕としては。