並ぶ






爽やかな秋晴れの朝。心地良い風を感じながら万事屋へと、いつもの通りを歩くいつもと変わらぬ一日の始まり。今日は着いたらまず洗濯だな。ここ数日の小雨模様からようやく抜け出したこんな空は、いつもなら面倒な仕事も苦にならない気分にさせてくれる。
だがしかし、そんな朝であっても唐突に訪れる暗雲。


「やぁ。新八くん」
「山崎さん。見回りですか?」

道端で声をかけてきた黒い隊服の主は、よく見知った真選組の監察だった。相変らずの呑気な調子で笑いながら、彼は僕の横に並んで歩き出す。

「まぁね。新八くんはこれから出勤?最近仕事の方はどうなの?」
「一応昨日は久しぶりの依頼があったんですけど……。でもここんとこ基本閑古鳥ですね」

げっそりと落とした僕の肩を山崎さんは、まぁ気を落とさずに、と明るく叩く。

「ところでさぁ」

ふと、思い出したように。いや、どちらかと言うと、ふと思い出した風を装うかのように山崎さんが急に話題を切り替えてきた。

「万事屋の旦那とさんは、最近どう?」
「どうって……」
「いや、その〜……どう、っていうか、変わらずうまくいってる感じなのかなぁ、とか思って」

何その唐突過ぎてわざとらしい感じ。何その微妙に聞きにくそうな表情。

「いや……別に変わりないと思いますけど」

ここ最近の2人の様子を思い返しながら僕は答えた。特に変わった様子は思い当たらない。銀さんは相変わらずグダグダしているし、さんは相変わらずそれを特に気にしていない。それならいいんだ、と山崎さんは目を反らした。この話題はここで終わり、とばかりに「俺も最近暇でさぁ……」なんて当たり障りのない方向に流れを変えようとしているが、こちらとしてはモヤッとしたこの残尿感をどうしろというのか、そこを聞きたい。

「ちょっと待ってくださいよ。え?なんですか。銀さんたちのことで、何かあるんですか?」

詰め寄ってみると山崎さんは、もったいぶっているというよりは表現に困るような微妙な表情で首を傾げた。

「いや、別に何がってわけじゃないんだけどね。ただ……ちょっと」
「ちょっと?」
「見かけない男がね、昨日、さんの仕事先に訪ねてきてるのを見かけたもんだから」
「……普通にお客さんじゃなくてですか?割と男の人も来るみたいですよ?」
「まぁそうなんだけど、そういうんじゃなくて……なんか、知り合いみたいな雰囲気だったんだよね。男の方が若干詰め寄っているような、込み入った話をしているような……。アレはただの仲じゃあないよ。真選組監察の僕の目に間違いはないね」

自信たっぷりに、そして好奇心もたっぷりに言い切った山崎さん。言いにくそうにしてた割には言いたかったんじゃねーか!とツッコミたくなるほどに一度開いた口は淀みない。

「そんな……勘繰り過ぎですよ。さんだって知り合いくらいいて当然だし」
「いや〜、わからないよ?元カレと再会、とか無い話じゃないしね〜。旦那もさぁ、自分のこと追いかけてきた女性だからって油断しすぎなとこあるんじゃない?あんなんじゃ今に愛想尽かされて他の男のとこに……」

「そーだよね〜。男たるもの油断してるといつどこからスリーパーホールドで命尽かされるかわからないもんね〜」

不意に後方から聞き馴染んだ気だるい声。山崎さんの首を後ろから回した腕で締め上げているのは渦中の人物だった。苦しげに漏れるうめき声と顔色から本気の力であることは明白だが、彼はそんな山崎さんをあえて無視するように、「あ〜気持ちワル〜」といつもより一層死んでいる目を白い前髪の向こうで半開きにする。こんな朝早くから外出なんて珍しいと思ったが、逆だ。夜通しの外出から今帰るところというわけか、このダメ人間。締め上げている山崎さんにまで「つーか旦那、酒くさっ!」と言われている始末。

「……銀さん、また朝帰りですか。いい加減にしてくださいよ。ちょっと昨日報酬入ったからって」
「飲んで飲まれる夜があってこそ男ァまた一つ深みを増すってもんなんだよ、新八くん」
「いや、アンタ飲まれっぱなしじゃないですか。ダメ人間の深みしか増してないじゃないですか。ていうか、昨日依頼あったのバレてるはずだから、今日あたりお登勢さん家賃回収に来ますよ?」
「そうか。じゃあ俺ドロンするから、後はこのモブ、家賃のカタに引き渡しといてくれ」
「モブって俺のこと!?俺まったく無関係なんですけど!ていうかせっかくさんのこと教えてあげたのに、知りませんからね!旦那!」

どうにかこうにかホールドから抜け出した山崎さんは、これ以上この場にいることに身の危険を感じたらしく、捨て台詞と共にそそくさとその場を逃げ出していった。




「……さっきのさんの話、誰なんですかね?その男の人」

山崎さんに構うことなくよたよたと歩き出した銀さんにそう声を掛けてみる。

「知るかよ。ジミーの話なんていちいちマトモに聞いてんじゃねーっつーの」

まるで取り合わない様子で耳をほじる銀さん。まぁたしかに。山崎さんの言うことだし、嘘ではないにしても大袈裟に言っているような気はするし。そんなことを思いながら通りすがりのヘドロの森に目を向ける。『本日定休日』の札がかかるそこには今日、さんの姿は無い。

「銀ちゃーん。新八ー」

万事屋の前まで来た時、定春を連れた神楽ちゃんが僕らを見つけて駆け寄ってくるのが見えた。朝の散歩に行っていたのだろう。おはよう神楽ちゃん、僕がそう言うよりも先に神楽ちゃんが銀さんの袖を掴んだ。

「銀ちゃん、が知らない男と歩いてたアル!」
「は?」

なんてタイムリーな。銀さんが眉間に皺を寄せて神楽ちゃんを見る。

「さっき公園から見えたネ。あれ誰アルか?浮気アルか?それとも昔の男アルか?」

矢継ぎ早に通常なら聞きにくい単語を容赦なくお見舞いする神楽ちゃん。もちろん銀さんにしても僕にしてもその答えを持っているはずはない。

「……いや、神楽ちゃん。さんだってかぶき町に来てもうすぐ一年になるんだから知り合いくらいいるだろうしさ……ねぇ?銀さん?」
「……おう。そりゃあそーだよ。そんなんよくあることだっつの」

まるで興味を示していないように表情を変えず答える銀さんだが、耳をほじる小指の動きはさっきより早くなっている。そんな銀さんを見ていると僕まで若干不安にかられてしまう。
さんの昔の事はよく知らないが、そもそも現在の銀さんの日常に愛想を尽かされる要素がまったく無いかと言うと、正直ものすごくあるわけで。
そして一度別れてから再会するまでの空白の時間が2人にあるのも事実なわけで。
その間、さんが誰とどうしていたのかなんて当然銀さんにだって明確なことはわからないわけで。

「銀ちゃん、早く行かないと大変なことになるアル。生修羅場見れる千載一遇のチャンス逃すネ」
「大変なのオメーだけだろーが!いいから帰って渡鬼でも見てろ。ついでに録画しとけ」
何のために慌てて知らせに来たのやら。神楽ちゃんの期待は置いておくにしても。
「いいんですか?銀さん」
「いいって何がだよ」
「割と気になってるんじゃないですか?」
「いや、気になってねーし。何を気になることがあんのか全然わかんねーし。つーか気になるなら新八、お前が聞いて来いよ」
「何で僕!?そういうのは普通彼氏が自分ですることでしょ!?」
「じゃあ私が聞いてくるアル」
「いや待てェェェ!なんでお前が行くんだよ!」

躊躇無く踵を返そうとした神楽ちゃんの腕を掴んで銀さんが止める。どないやねん。そんな顔をした僕と神楽ちゃんを無視して、いいから行くぞと歩き出すアルコール臭漂う背中。時折オエッと口元を押さえながら。まったく、普通なら呆れられても仕方ないよね、こんな彼氏。




「その男ならさっき私んとこにも来たねェ」

お登勢さんの言葉に銀さんの肩がピクリと反応した。
僕らは今、まだ暖簾のあがらないスナックお登勢のカウンター席にいる。万事屋に戻るなり鍵とヘルメットを掴み、宣言どおりドロンしようとしていた銀さんが、お登勢さんに見つかってしまったからだ。機械家政婦改め家賃徴収ターミネーターにモップという名の凶器を突き付けられ、昨日入ったばかりの報酬をあっさり持っていかれながらも、「家賃ならババア孝行のために一気に来月分まで払ってやっから一旦返せ。3倍にしてくっから」と当然のように述べ「返すわけねェだろーが!」と怒鳴り返される我らがリーダーを見守ったところまでは毎度お馴染み一連の流れ。諦めてカウンターでいちご牛乳を飲みながら二日酔いの頭を抱える銀さん。ここで神楽ちゃんがお登勢さんに報告を始めたのだ。「銀ちゃん、に浮気されて傷心アル。涙忘れるカクテル作ってやってヨ、ねぇマスター」と。結果返ってきたのが先程の意外な答えだった。

「ええっ!?お登勢さんとこに!?何しに!?」
「なんか知らんが、自分はあのコが田舎にいた頃の知人だとか言ってさ。は元気でやっているかだの、無理をするタチだから心配だだの色々言ってたがね」
「……なんでんなことわざわざババアに聞きに来んだよ。うっとーしー野郎だな」

若干苛立たしげに銀さんが口を挟んだ。これまでの目撃談が偶然でも見間違いでもないことは、お登勢さんの言葉で証明されてしまったのだから無理もない。

「まぁ、本題はそこじゃなかったみたいだけどね」
「どういうことですか?」
「ここの2階に住んでる男と親しくしているってのは本当か、ってね。大方、この辺で色々聞き歩いてるうちに知って、それで私のとこに来たんだろ。ロクな男じゃないと聞いてるがどんな仲なんだ、って鼻息荒くしてね」
「……いや、まぁロクな男じゃないですけど……」
「なかなか正確な聞き込みアルな。見所あるネ」
「うるせェェェ!なんでてめーらまで乗っかってんだよ!」

銀さんが怒鳴るが、そうは言っても認めざるを得ないだろう。だって家賃を取り上げられてスッカラカンの二日酔いがロクな男だと言う要素を逆に問いたい。

「要するにその人、さんを連れ戻しに来た、とかそういうことなんですか?」

「さぁね。男なら直接本人に聞きな、って言ってやったら、『万事屋なんて、金払えば何でもするような趣味の悪い仕事をしてる奴のとこには置いておけない』って飛び出してったよ」

お登勢さんがニヤリと楽しげに笑う。その結果、さっき神楽ちゃんが目撃したとおりさんのところに突撃して行った、と。事の流れはそういうことなのだろう。

「コソコソ嗅ぎ回りやがって。万事屋のどこが趣味悪ィってんだよ。てめーこそ何者なのか堂々と名乗ってきやがれってんだ」

額に青筋を浮かべながら、ぶつくさと見えない敵への怒りを露にする銀さん。そんな彼にお登勢さんが答える。

「弁護士やってるって言ってたねェ」
「弁護士!?すごいじゃないですか!」
「エリートアル!ほぼニートとはわけが違うネ!」
「……」
「本家の父と母に紹介したいだの言ってたし、身なりから察するに家柄も良さそうだったね」
「ってことはお坊ちゃんじゃないですか!」
「マジでか!たまのこしアル!家賃なんて払い放題ネ!」
「…………」

盛り上がるこちらを他所になんだか黙ってしまう銀さんに「女ならアンタみたいなゴクツブシよりあっちの男選んどくのが正解ってモンだろうねェ」と、煙草の煙を吹き上げながらお登勢さんの駄目押し。

「……ちょ、なんなの?おめーらどっちの味方なわけ?何この、敵は●リーザだと思ってたら後ろからク●リンまで攻撃してきました、みたいな感じ。●ムチャも●津飯もみんな魔●光殺砲撃ってきました、みたいなこの感じ」
「ていうか、どうするんですか?銀さん。さんのこと」
「どうするもこうするもアイツが決めることだろーが。俺にどーしろってんだよ」

若干拗ね気味にそっぽを向く銀さん。言い過ぎたかな。だが、攻撃したと言うよりは僕も神楽ちゃんもお登勢さんも事実を述べたのみだ。

「夢だった弁護士にもなって、ようやく見守るだけだったあのコを支えられる男になれたと思ってるんだとさ。これからは自分が足になってやるんだとか言ってね」

お登勢さんがそう言って銀さんを見た。どう思う?という眼差しで。ガリガリと白髪頭を掻いて銀さんが溜息をつく。

「見くびるんじゃねーっての」

誰を?銀さんを?一瞬そう思いかけた僕の考えは続いた銀さんの言葉で改められた。

「アイツは支えがなきゃてめーの足で歩けねェようなヤワな奴じゃねーんだよ」

そう、見くびるとはさんのこと。カウンターの向こうでお登勢さんが口元にだけ浮かべた笑みは、満足げなものに見えた。それには気付かない様子で銀さんは、「ま、似たよーなこと考えて一度逃げられちまった俺に言われたかねーだろうけどな」と、付け加える。

「今はもうあのコ背負う気はないのかい?」

そんな銀さんにお登勢さんが確かめるように尋ねた。

「アイツがへばっちまった時はいくらでも背負ってやらァ。けど黙って背負われっ放しでいるタマじゃねーよ、どうせ。俺がへばったら背負い返してくる奴だろ、アイツは」

その通りだ。さんは足も悪いし身体も決して丈夫ではない。けれど結局は勤め先だって住む場所だって、彼女は自分の足で見つけてきた。そしてこの街で彼女は自分自身の力で生きている。護られるだけではない。護りたいものがあるこの街で。

「……結果2人ともへばったら今度は僕らが背負えばいいわけですもんね?」

僕が言うと、神楽ちゃんも当然と言わんばかりにニヤリと笑った。そして僕らも倒れたら次はまた別の誰かが。この街はそんな風にできていることを僕らは知っている。「……わかってんじゃねーか」。銀さんは少しの間の後、だるそうに頬杖をついた姿勢のままそう言った。

「そうかい」

お登勢さんが頷くのと、店の戸がカラリと引き開けられたのは、ほぼ同時だった。


「……お邪魔します」

いつもと変わらぬ微笑を浮かべて、そうっと店に足を踏み入れたのはさんだった。

さん!」
!昔の男どこ行ったアルか!?たまのこし乗ったアルか!?やけぼっくいボーボーアルか!?」
「お前ちょっと旅に出てこい。●ランドラインの果てにあるひとつなぎのデリカシー探して海に出てこい」

神楽ちゃんの頭をすかさず叩きながら銀さんが言う。さんは笑いながら「そんなんじゃないのよ?」と神楽ちゃんに答えた。何かと自分のことを気に掛けてくれた近所のお兄さん。そんな間柄だそうだ。少なくとも私はそう思っているんだけど、とさんは付け加えた。

「今、来てたのよ?ここに」
「来てたって?その人がですか?ここに?」

意味がわからず僕が繰り返すとさんが頷く。

「昨日いきなりお店に訪ねてきたと思ったら『田舎に戻って来い』なんて言い出すから断ったんだけど、今日になって今度は銀時に会わせろって粘られちゃって。万事屋に行ったら誰もいなかったから、ここかと思って連れて来たところだったの。でも、結局帰っちゃった」
「え?どうして……」
「安心したみたい」

その言葉に何故、と尋ねるより先に気付く。嬉しそうに僕らを見る彼女の表情から。

「もしかして、さっきの話聞こえてたんですか?」

僕らが先程まで話していたことは、どうやら店の外に筒抜けだったらしい。銀さんのもとに乗り込むべくスナックお登勢の戸に伸ばした彼の手が、店内の会話を聞いて止まり、結局そのまま中に入ることなく帰ってしまったのだと。そう彼女は言った。良かった、と。もう昔とは違うんだな、と言い残して。
彼は結局、さんを連れ戻せるなんて思っていなかったのかもしれない。本当にただ、心配だったのだ。きっとさんのことだから、昔から誰が手を差し伸べても頼ろうとはせず、「大丈夫」と強がって笑っていたんだろうから。江戸に来た当初の彼女がそうだったように。今もそうして一人で生きているのではないかと、心配だったのだ。けれど悟ったのだろう。今は彼女がこの街に、この場所に、安心して身を委ねていることを。会った事のないその人の気持ちが、少しだけわかった気がした。

「……ケッ。コソコソ裏で勝手に動き回って、勝手に引き下がっちまいやがった。趣味悪ィのはどっちだよ」

悪態をつきながら銀さんが立ち上がる。そしてさんの横へ立つと、スナックお登勢の戸を再び開けた。先程より随分と高くなった太陽が薄暗い店内に差し込む。まぶしげに見上げたさんを「オラ、行くぞ」と銀さんが促す。

「どこに?」
「その弁護士ヤローのとこに決まってんだろーが。一言言ってやらねーと気が済まねェ。『同じ女に惚れてんなら趣味は同じだろ』ってな」

彼女が選んだのが自分にしろ逃げられっぱなしでたまるか、と。直接引導を渡してやる、と。そんなところか。同じ趣味の同士≠ノ。銀さんらしいや。さんはしばし黙って、そして小さく笑った。

「いいのかい?アンタ。こんなどうしようもない万年金欠のダメ男で。乗り換えるなら今のうちだよ?」

お登勢さんがそんなさんを見て笑う。

「そうですね。しかも万年二日酔いですよ。これ以上ないくらい日々ぐうたらですよ」
「しかもプー太郎アル。ダメな大人の手本みたいな奴ネ」
「いや、だからおめーらどっちの味方!?魔●光殺砲どころかもう寄ってたかってギャ●ック砲だろーが!地球ごとおさらばしちゃう気だろーが!」

容赦ないトリプル攻撃に銀さんが怒鳴る。さんは笑いながら答えた。「知ってる」と。まるでそんなことは些細な事だとでも言うように。幸せそうに、笑うのだ。さんの答えはもちろんわかっていた。昔の男だろうが、新しいイケメンだろうが、誰が出てきても最終的にはこうなるって。僕らみんな、わかっていたんだ。本当は。

「それと神楽。焼け木杭はとっくにこっちでボーボーだから。あっちもそっちもボーボーになんかさせとかねェからそこんとこよく覚えとけ」

去り際に振り返った銀さんが、隣のさんの頭にコツンと拳を乗せながら言った。神楽ちゃんが「ボーボーこっちだったアルか!わかったアル!」と実際どこまでわかっているのか不明ながらも元気に返事をする。「そういえばそうでしたね」と僕が笑うと、「そーだ。モトサヤなめんじゃねーぞコラ」と捨て台詞のように残した銀さんと、その背中に続こうとして振り返り、「いってきます」と当たり前のように僕らに言ったさんは出て行った。



神楽ちゃんが戸口から顔を出して2人が行った先を眺めている。僕もその横に立ち、同じように彼らを見送った。銀さんの腕を当たり前のように手に取るさん。「銀時、お酒臭い」「うるせーな。飲んでねーよ。フレグランス的なアレだよ」。そんな会話が遠ざかっていく。共に同じ景色を見るために、同じ速度で歩くために添えられた手。結局あの2人って、ずっとあんな感じなんでしょうね。僕が独り言のように言うと、「そんなのアンタらも同じだろ」とお登勢さんがあっさり言った。
そうかもしれない。
好き勝手に、バラバラに。でも時には、つまずいた相手に片手くらいを差し出しながら。よろけた相手を肩で押し返しながら。邪魔だの痛いだの文句を言い合いながら、それでも一緒に歩く事をやめずに。同じ景色を見るために。背負うでも背負われるでもなく。きっと、これからも。

並ぶ2つの背中が騒がしい雑踏の中に消えた。そうだ、洗濯しなきゃ。思い出して空を見上げる。一日はまだ、始まったばかりだ。