日毎冷たくなる空気の代わりに、公園の山紅葉が暖かな色を身に纏い始めた。
公園で一番大きなその木は毎年他の木よりも少しだけ早く色付いて、目まぐるしい毎日の中で埋もれがちな季節を思い出させてくれる。

真下のベンチに腰掛けて、空に手を伸ばす枝を見上げてみた。ところどころに揺れる、深く強い紅。すべてがその色に染まるのも、きっともうすぐ。綺麗だな。そう思った僕の隣で同じくそれを見上げるさんが、「怖いくらいに赤ねぇ」と呟いた。

「怖いですか?綺麗なのに」
「綺麗だけど怖い色、って気がしちゃうのよねぇ。赤って」

怖い色、か。
たしかにさんにとっては、あまりいい思い出の無い色なのかもしれない。一瞬の風にざわついた枝を眺め続ける横顔に、そんな事を思う。
向こうでは紅葉を拾い集めながら、神楽ちゃんと定春が木々の間を走り回っている。定春の大きな前足が木の根元を揺らす度、落ちるにはまだ早いはずの葉がひらりひらりと舞い降りるのだ。

「銀ちゃーん!」

不意に神楽ちゃんが叫んだから2人揃ってそちらを見た。公園沿いの道を、恐らくジャンプが入っているのだろう袋を下げて歩いてくる白い着物の姿が見える。彼は手を振る神楽ちゃんに気付くと、決して急がぬ足取りで面倒臭そうに公園の中へと入ってきた。

「何、このえらく平和そうな感じ。昼間っからんなとこでダラダラしてたら万事屋暇だってご近所様にバレバレだろーが」
「いや、ジャンプ買いに行ってた人に言われたくないんですけど」
「ジャンプを暇つぶし呼ばわりしてくれてんじゃねーぞコラ。時間に追われて夢を失いがちな日々にこそジャンプは真価を発揮すんだよ」

訳のわからない屁理屈。たしかに暇だろうが忙しかろうが盆だろうが正月だろうが、月曜日になればジャンプを買いに行くという彼の生活サイクルが変わらない事は間違いないが。

「銀ちゃん、すげーアル!定春走ったら紅葉ガンガン落ちてくるネ!秋満喫アル!」

興奮気味に報告する神楽ちゃんが両手に集めた紅葉を銀さんの前に差し出した。それは、まだ染まり切らぬ薄赤い葉たち。

「バカ、お前。知らねーぞ。それ全部落としちまったら冬来んぞ。暖房代嵩んで万事屋、火の車だぞ」
「マジでか!」
「たりめーだろーが。いいから勝手に落ちてくるまでじっくり楽しんどけ」

言いながらさんの隣に腰掛ける銀さん。神楽ちゃんは「定春、そーっと走るネ。そーっと」と声まで小さくして定春に言い聞かせている。またいい加減な事を、とは思うが、『じっくり楽しんでおけ』っていうのは、なんかいいかもしれないな。

「銀さんは赤、好きですか」
「ああ?赤?」

なんとなく口をついて出た問い掛け。案の定銀さんは、『何言ってんだコイツ』という顔で眉を寄せる。

「いや、なんとなく聞いてみただけで意味は無いですけど…」
「好き嫌いっつーか、赤って怖ェよな」

返ってきたのは意外な答えだった。そう、それは先程のさんと同じ言葉。驚いてその目を見ると、何かに思いを馳せるように彼は黙って紅葉の木を眺めていた。
銀さんが赤を怖れる理由。それは、もしかして。

「銀さん、それって…」
「見たことねーけど『火の車』ってさァ、多分赤いよね。つか『赤貧』とか貧乏に関する言葉ってなんか知らねーけど赤だよね。世間じゃめでたい色のようなツラして実は下衆の極みだよね、赤」
「…」

いや、『たしかに怖い』と思ってしまった僕も僕だけど。
さんが堪え切れないように吹き出した。

「ほんとに来たら怖いわね、『火の車』。貧乏なのにこの上燃やされちゃったら散々だものねぇ」
「燃やすモンすらねーから心配すんな。ザマーミロって言ってやりゃいんだよ」

心配すんな、ってそっちのがよっぽど心配だろ。内心のツッコミは飲み込んだ。呑気で平和な2人のトーンに、なんの話だったんだかよくわからなくなってきたからだ。

「銀ちゃん銀ちゃん」

神楽ちゃんが定春と一緒に駆けて来る。葉を落とさぬよう注意を払っているらしい、静かな足取りで。

「ああ?」
「これ。この葉っぱは勝手に落ちてきたヨ。これなら大丈夫アルか?まだ秋、終わらないアルか?」

神楽ちゃんが差し出してきた紅葉は、先まで混じりけの無い燃えるような紅。銀さんはそれを手に取ると、空に透かすように眺めた。

「まだ終わんねーだろ。こんだけいい赤してんだからよ」

銀さんがそう言うと、神楽ちゃんの顔が輝いた。まだ終わらないって、定春。呼び掛けに定春もワンと一声嬉しそうに鳴く。

「神楽ちゃん、秋好きなんだね」
「春も夏も冬も好きアル。でも今は秋だから秋がいいネ。終わっちゃうの、もったいないアル」

神楽ちゃんらしい答え。つい笑ってしまった。本当だ。冬だって嫌いなわけじゃないし、それが終われば春が来るし夏だって来るのに、今は秋が終わるのが名残惜しいや。

「ま、この色だと思やァ赤も悪かねーやな」

手に残された葉を揺らしながら銀さんが言った。そして黙ったままその紅をさんの手に落とす。さんは当たり前のようにそれを受け取り、「そうね」と微笑んだ。
この葉、ジャンプに挟んでおいたら綺麗に残せるかしら。
やめてくんない、読みずらくなっから。
そんななんてことない会話が高い空の下、不思議なほど耳に心地良い。そんな午後。



山紅葉からまた一枚、紅が空へと旅立った。