なりゆき
一体何故、こんなことに。 「アッハッハッハッ!いやー、まさか不時着するとはのー!助かったぜよ、新八君ー!」 「…いえ、あの、正直助けたくなかったんですけど…」 穏やかに西日差し込む夕暮れ時の万事屋。 僕は今、主の旧友と2人きり、向かい合わせにお茶を啜っている。 彼は高めのテンションをまるで崩す事無いまま、かれこれ小一時間こうして友の帰りを待っている。 そもそも事の始まりは、銀さんも神楽ちゃんも不在の万事屋に鳴り響いた1本の電話だった。 『万事屋さん?奉行所なんですがね。ちょいと宇宙船の不時着がありまして、乗船していた男が万事屋金ちゃん≠フ友人だって言ってるんですよ。…身元引取りに来てもらえませんかねぇ』 などと言われても、その万事屋金ちゃん*{人は留守なわけで。どうしたものかと返事を濁すも、そのまま放っておくわけにもいかず。 彼を迎えに行き、何故か自分までもが奉行所の人に頭を下げる羽目となり。住民たちの、『いい迷惑よねぇ、こんな町中で宇宙船なんて』『やぁねぇ。万事屋さんとこの知り合いなのね』なんて非難の声と視線を背中に浴びつつ。銀さんが不在と知れば帰るのだろうと思えば、『じゃー待たせてもらおうかのー』なんて当然のように居座られ。そりゃあ疲れも出るというものだ。 「金時は遅いのー。仕事に出ちょるがか?」 再放送ドラマのエンドロールを眺めながら、坂本さんがのんびりとした声で言った。『遅い』と言う割には苛立ちや待ちくたびれた様子などはまるで見受けられない。まだまだ余裕で待つ体勢であるらしい。 「仕事じゃないですよ。多分暇つぶしにパチンコでも行ってるんじゃないですかね」 「も一緒に出掛けちょるんかのう。姿が見えんが」 「…あの、坂本さん勘違いしてるみたいですけど、さん、ここには住んでないですよ?」 「何じゃ、今流行りの別居婚とは柄にも無くシティ派じゃのう。とは言え、いかんぜよ。夫婦は一つ屋根の下にいてこそ絆が深まるもんじゃきー」 「いえ、そうじゃなくて。そもそも結婚してないんですよ、あの2人」 「何じゃ、そーじゃったか。相変わらず呑気な奴らじゃのー、アッハッハッ」 無事勘違いを正したものの、彼にとっては特にどちらでもいい事であるらしい。「それはともかく『ぶらつき刑事スペースウォーズ編』は何チャンネルだったかのー新八君」と、気持ちは既に次のドラマに移っている。まぁ…別にいいんだけど。 それにしても。 『相変わらず呑気な奴ら』か。 その言葉には少しばかり頷ける。あの2人が再会してから、もうじき1年が経とうとしているのだ。そう思えば、一方的とは言え理解し難い勘違いではない。 「…もしかして、僕と神楽ちゃんに気を使ってるんですかね、2人とも」 いつからか感じていた若干の気掛かりが、つい声になって漏れた。 居間には、聞き馴染んだ『ぶらつき刑事』のオープニングテーマが響き渡り始めた。そういえば神楽ちゃんもいつもこれ見ていたな。そんな事をぼんやり考えていると、もう温くなっているだろうお茶を啜り、ふぅと短い息を吐いた坂本さんが不意に口を開いた。 「アイツらは昔っからあんなでのー」 てっきりテレビ画面に集中していると思っていた彼からの急な言葉。にわかには伝わらなかったが、それは自分が先ほど漏らした疑問への返答であるらしかった。 「戦の最中でバタバタしちょったゆーに、銀時はいつのまにーかと知り合うちょって、もいつのまにーか銀時のとこ顔ば出すようになっちょって。で、いつのまにーか付き合い出しちょった。銀時に馴れ初めば聞いたら、『まぁなんか…成り行き?』とかゆーちょったわ」 「成り行きって…いいんですかね、その言い方」 「まぁにも同じことば聞いたら、アイツも『成り行き?』とか言うちょったから実際成り行きなんじゃろ」 「…」 そういえばあの2人はそういう2人だ。そういう事を普通に言いそうな2人だ。それにしても、出会った頃からそんな緩い感じだったとは。変わらなさ過ぎて、何だか笑える。 「ま、そんな奴らじゃからのー。多分今回も、成り行きを待っとるんじゃなかか?」 長椅子の背もたれに腕を掛けながら付け加えた坂本さんの言葉に、ようやく彼が何を言いたいのかを悟った。 「焦らんでも事っちゅーのは、いつのまにーか動いとるもんぜよ。アイツらそういう呑気な奴らじゃき」 「そっか…そうなんですかね」 「新八君。おんしゃ気ィ使いーじゃのう」 坂本さんは、何だかおかしそうにニヤリと笑ってそう言った。 「え…いや、そんなんじゃないですけど」 「もおんしと同じじゃ。アイツも昔っから気ィ使いーでの。そういう2人が同じ生活するなら、慌てるより自然の流れを待っとくのがいいんじゃ」 「…坂本さんて、意外とマトモな事言うんですね」 「アッハッハッハッ、何やら目の前が霞むのー。何でかのー」 玄関が開く軋んだ音がした。『ぶらつき刑事』のいぶし銀なボイスの隙間を縫って、微かに聞こえ出す気だるい話し声。銀さんと、そしてさんの声も。どうやら2人揃ってお帰りらしい。 襖が開いて、まず銀さんが顔を出した。ソファに座る坂本さんが「おおー」と片手を上げ、銀さんの名前を呼ぼうとする…よりも先に、スパーンと軽快な音を立てて襖が再び閉じた。 「ちょ、銀さん!散々待たしといてどこ逃げる気ですか!」 慌てて襖を開けてその袖を掴む。銀さんは最大級の『鬱陶しいんだけど顔』でこちらを睨んだ。 「えええ?オイ、なんでいんの?アイツ。なんでうちの敷居跨いでんの?アイツ。都会は怖いから簡単に玄関開けるんじゃありません、て口をスッパマンにして言ったろーが。コンクリートジャングルナメてんじゃねーぞコラ」 「僕だって好きで入れたわけじゃないですよ!ていうかアンタの友達でしょーが!」 とめどなく文句を述べ続ける銀さんの肩越しに背伸びしたさんが、「なぁに?」と居間を覗き込んだ。 「おお!じゃなかかー!久しぶりじゃのー!」 「辰馬君」 それに気付いた坂本さんが、歓喜の声と共にさんに駆け寄る。そのまま両手を広げて抱きつこうとしたモジャモジャの脳天に銀さんがすかさず踵を落とした。 「何、『セクハラじゃなくて感動の再会だからコレ』的な方向に持っていこうとしてんだコラ。かち割るぞ。色んなところを」 「アッハッハッ。懐かしい友に親愛のハグをと思うただけじゃき。他意は無いぜよー」 「変わらないのね、辰馬君。ようやく会えた」 さんが嬉しそうに笑う。その手を握って「まったくじゃ」と笑い返す懲りない坂本さんの顔面には、銀さんの右足が入る。蹴られて顔を歪めながらも坂本さんは、「今夜は宴会じゃあ!」と上機嫌。 「それにしてもおんしら、何がどうなってヨリ戻ったんじゃ。今日はその辺の話もたっぷり聞かせてほしいもんじゃきー」 二人の肩を叩きながら笑う坂本さんに、銀さんとさんはしばし黙って顔を見合わせる。「別に」と言う銀さん。首を傾げるさん。そして、 「…成り行き?」 と声を揃えるから、つい笑ってしまった。 ふと窓の外を見れば、秋の短い日はいつのまにか暮れている。 もうすぐいつも以上に長くて騒々しい、夜がやって来る。 +(side銀時) |