帰り道
道端に並べた鉢植えを一つ、また一つ店の中へ。 落ちてゆく陽。長くなる影。花屋の花たちは眠る頃。 からからり。表戸を閉じたら、店じまい完了。本日も時間通り。 おつかれさま。 おつかれさまです。 また明日。 はい、また明日。 裏の小さな勝手口をくぐり、見上げる空。水で溶いたように薄く透ける藍色は、もうすぐほんのり冷たい夜に変わる。 昨日の同じ時間、同じ場所から見上げた空は、微かに紫がかった水色だった。一昨日は紅の筋を残す薄桃色。 日々、変わり行く空。 「何ボーッとこいてやがんだ。すっ転んでも知らねーぞ」 「…びっくりした。どこか出かけるの?」 「別にィ。散歩」 「今日はスクーターじゃないのね?」 「やっぱアレだよ、時代はエコロズィーだし?俺、割とライフスタイル、グローバル視点だし?ガソリン入れる金無ェとかんな小せェ理由じゃないし?俺の場合」 「地球に優しいのねぇ」 「お前、心ねーだろ。その返事」 「わかっちゃう?」 「わかっちゃうっつの」 「…」 「…」 「お散歩?」 「そ、散歩」 慣れた通りと揃う足音。 消えそうな西の茜に、並んで伸びる影の色。 「お登勢さんのお店、今日は暖簾が出ていないのね」 「なんかキャサリンとたま連れて温泉だとよ。年1の社員旅行。うらやましーこって」 「楽しそう。万事屋もしてみたらいいのに」 「んな金ありゃ苦労しねーよ。つーかガキに温泉なんざ新八にコンタクト並にもったいねェっつーの。若ェうちからゼータクしてちゃロクな大人に育たねぇよ?」 「贅沢して育ったなんて聞いたこと無いけど…どうしてこうなっちゃったのかしらね?」 「何、その視線。俺の事言ってんのソレ。『こうなっちゃった』って、どうなっちゃったって言いたいわけソレ。言っとくけど俺くらいロクな大人いないからね。ロクっぷりパねぇから1週回ってロクでなしに見えちゃってるだけだからね、コレ」 「あ、一番星」 「スルーかい」 「そういえば秋刀魚の季節ねぇ」 「何が『そういえば』なのかまるでわかんねーよ。お前の脳内の前後関係が読めねーよ」 「あそこのお家の窓から焼き魚の匂いがしたから」 「そういや食ってねーな、秋刀魚」 「新八君と神楽ちゃんも好きかしら。明日買って行こうかな」 「『秋茄子と秋刀魚はガキに食わすな』っつーし別にいんじゃね」 「『嫁に』じゃなかった?」 「なら食えねーのお前だろ」 「え?」 「なんでもねーよ。聞き返すな。察しろ」 「…」 「…」 「嫁…」 「復唱せんでよろしい」 どこからともなく漂う夕飯の香りと白い湯気が、黄昏時を温める。 すれ違う人たちも、どこか足早に。ただいまを言う誰かの元へ。 「そろそろ湯豆腐もいいかしら。2丁目の豆腐屋のおばあちゃんと最近仲良くなってね、まけてくれるのよ?」 「は?あのババア、俺がどんだけ値切ってもビタ一文まかりやがらねェクセにどーいうことよ」 「人見てるんですって」 「…覚えてやがれクソババア。今度会ったらぜってー豆腐の角で千本桜くらわしてやる。ババアを散らしてやる」 「そういえば、お米とお味噌買わなくちゃ」 「いや、だから何が『そういえば』?つーかお前それ、俺いるから言ってね?明らかに今日急ぎじゃなくね?その組み合わせ」 「わかっちゃう?」 「だから、わかっちゃうっつの」 「そういうわけだから大江戸マート寄ってもいい?」 「どういうわけだよ。強引にまとめてんじゃねーよ。つーかよォ、味噌と米って明日特売じゃね?」 「そうなの?」 「朝チラシ見て新八が盛り上がってた気ィする」 「あ、本当。店先にもチラシ貼ってある」 「急ぎじゃねんなら明日の帰りにしとこうや」 「いいの?明日」 「今日でも明日でも俺が重てェのは変わりねーっつーの」 「ありがとう」 「あーあ。それにしてもやんなっちまわァ。寒くなる一方でよ」 「いいじゃない?寒い季節はおいしいものも多いし、イチョウもモミジも色付くし」 「あー?まーね」 「空が高くて、綺麗だし」 「まーね」 「冬が来るのも、もう怖くないし」 「…まーね」 一歩一歩、帰り道。 今日もこんな時間を過ごせる事を。 明日もこんな時間を過ごすのだろう事を。 ただ、踏みしめて。一歩一歩。 「お前のアパートもいつ見ても古ィな」 「寄っていく?」 「いや、いいわ」 「そう?」 「明日仕入れの手伝いで朝早ェ日だろ?言っとくけど俺寄らせたら帰んねーよ?つーか寝かさねーよ?寝不足なっても知らねーよ?」 「…覚えてたの?」 「ま、つーことだから帰るわ」 「銀時」 「あー?」 「ありがとう。送ってくれて」 「…ま、散歩日和だからねェ」 「」 「はい?」 「戸締り忘れんじゃねーぞ」 「…はい」 「何?そこ笑うとこ?」 「だって、いつも同じ事言うんだもの」 「は?そーだっけ?」 「うん。きっと明日も同じ」 「…るせーな。味噌と米持たねーぞコノヤロー」 最後の残り火もビルの隙間に消える頃。 街灯りの中へ気だるく消える白い背中に、小さく手を振る。 明日はきっと、また違う空の色。また違う風の匂い。 けれどきっと今日と同じ、何気なくて温かな帰り道。 |